華ひらく皇室文化展のみどころ

 平成30年は明治維新から150年目の記念すべき年にあたり、明治期の宮廷文化にスポットを当てた展覧会を企画、2018年春から2019年にかけて、名古屋・秋田・京都・東京(2会場)の5会場を巡回します。
 近代国家をめざした明治という時代、政府と皇室は、欧米諸国との融和をはかるため、美を凝らした鹿鳴館において、外国使節をもてなすとともに、日本独自の芸術品を広く海外に紹介しました。
 こうした動きは日本の国際的地位を高める一方で、江戸時代から続く美術・工芸の保護育成に大きな役割を果たしました。
 本展覧会は明治期の皇室が伝えた美と技を観ることができるまたとない機会であり、華やかな明治期の宮廷を彩った調度品や染織品、帝室技芸員の絵画・工芸品を一堂に集め、明治期の日本の、美と技の粋を堪能していただきます。

展覧会構成

第1章
明治宮廷前史

激動の幕末・混迷の京都

 約300年続いた鎖国の夢は、嘉永6年(1853)、品川沖に現れたペリー提督率いるアメリカ艦隊に覚まされて、世は変革の時代へと動き出します。
 開国か攘夷(じょうい)か、勤王か佐幕(さばく)か、湧き立つ諸論は、朝廷を巻き込み、やがて明治維新へと結実していきます。
 孝明天皇は天保2年(1831)に生まれて、五摂家のひとつ九条家の姫君 夙子(あさこ 後の英照皇太后)を妃に迎え、弘化3年(1846)に帝位を継ぎました。
 学問と和歌を専らとする天皇から政治に直接関与する存在へと、歴史は京都を中心に動き出します。
 勅許なく日米修好通商条約に調印し、安政の大獄で反対派を弾圧した大老 井伊直弼(いい なおすけ)が桜田門外で暗殺され、弱体化した幕府は朝廷との関係強化「公武合体」を画策します。
 孝明天皇の妹 和宮親子(かずのみや ちかこ)内親王は文久2年(1862)14代将軍家茂に降嫁することになりました。
 慶応2年(1866)、孝明天皇は突然崩御し、前近代の皇室の歴史は、ここで閉じられることになります。

主な出品作品 *文中の作品番号は図録番号です。会場での展示番号とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。

<孝明天皇ゆかりの品々>
  • I-1 孝明天皇像 堤哲長筆 江戸時代 19世紀 御寺 泉涌寺蔵
  • I-7 青色袍(冬) (冬用)孝明天皇所用 江戸時代 19世紀 平安神宮蔵
  • I-14 勅額「学習院」 孝明天皇下賜 近衞忠煕筆 江戸時代 19世紀 学習院蔵
  • I-19 大堰川遊覧・子日桜狩図屏風 浮田一惠筆 嘉永7年(1854) 御寺 泉涌寺蔵
<皇女和宮ゆかりの品々>
  • I-21 玩具類 和宮所用 江戸時代 19世紀 個人蔵
<英照皇太后ゆかりの品々>
  • I-26 藤花紋蒔絵貝桶 英照皇太后所用 江戸時代 19世紀 平安神宮蔵
  • I-34 海松貝蒔絵煙草盆 英照皇太后所用 江戸時代 19世紀 平安神宮蔵

第2章
明治宮廷の胎動

若き天皇と皇后の旅立ち

 慶応4年(1868)、錦の御旗を奉じた新政府軍は東海道を東へ向かい、江戸城は無血開城されました。
 明治元年(1868)、江戸が東京と改まり、年号も慶応から明治と改まります。明治天皇は東京へ行幸、その後再び京都へ戻って一条美子(はるこ)との成婚を迎えます。
 明治2年3月、明治天皇は再度、東京へ行幸し、10月には皇后(後の昭憲皇太后)も京都から東京へ移りました。
 新時代を迎え、明治天皇が政府の高官など数百名を従え、国内各地を巡る「巡幸」が行われました。巡幸を通じて、新国家の象徴としての天皇の地位と、天皇を中心とする新しい国家体制の浸透を図ると同時に、天皇が立ち寄る先を特権的存在として認知させ、地方に至るまでの階層的な中央集権化を図りました。
 明治4年の岩倉具視邸・三条実美(さんじょう さねとみ)邸への行幸から同29年の徳川篤敬(とくがわあつよし)邸に至る、60回近い臣下邸への行幸もまた、君臣関係の距離を明確に示す政治行為であり、天皇が立ち寄ることで、明治政府にとって特別な人・家として認識されることを意味しました。
 岩倉・三条両邸行幸の後は、島津久光(しまづ ひさみつ)邸・毛利元徳(もうり もとのり)邸など倒幕に功績のあった、もしく倒幕勢力に親和的だった旧大名家への行幸が行われ、その次に選ばれたのが尾張徳川家・水戸徳川家でした。

主な出品作品 *文中の作品番号は図録番号です。会場での展示番号とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。

<明治のはじまり>
  • II-1 幡 「錦の御旗」 江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵
  • II-5 戊辰之役之図 小波魚青筆 明治22年(1889)頃 第3回内国勧業博覧会出品 個人蔵
  • II-4 祐宮像 伝浮田一惠筆 安政6年(1859) 京都府蔵(京都文化博物館管理)
<天皇・皇后の肖像>
  • II-6 明治天皇 写真原画:エドアルド・キヨッソーネ画 明治21年(1888) 学習院大学史料館蔵
  • II-8 昭憲皇太后 鈴木真一撮影 明治22年(1889) 学習院大学史料館蔵
  • II-9 昭憲皇太后像 矢澤弦月筆 昭和8年(1933) お茶の水女子大学蔵
  • II-10 明治天皇像 松岡映丘筆 昭和9年(1934) お茶の水女子大学蔵
<明治天皇と尾張徳川家>
  • II-11 明治天皇覧穫之図 森村宜稲筆 大正~昭和(20世紀) 徳川美術館蔵
  • II-19 和歌短冊「見わたせば」 明治天皇筆 明治8年(1875) 徳川美術館蔵
<東北・北海道巡幸>
  • II-37 山形秋田巡幸鉱山御覧 下図 五味清吉画 大正(20世紀) 明治神宮蔵
  • II-43 秋田萬古焼 色絵牡丹文急須 鈴木緑園作 明治(19世紀) 秋田市立千秋美術館蔵
<天皇への献上品・天皇への賜りもの>
  • II-52 菊御紋菊枝蒔絵手箱 明治天皇より寺内正毅に下賜 明治38年(1905) 学習院大学史料館蔵
  • II-53 【重要文化財】太刀 獅子王 刀身:平安(12世紀)、拵:鎌倉(13~14世紀) 東京国立博物館蔵
  • II-56 萌黄摺箔鞠水干 明治天皇より下賜 明治(19世紀) 蹴鞠保存会蔵
<皇室ゆかりの寺宝>
  • II-57 菊御紋卓布 明治天皇より下賜 明治(19世紀) 大聖寺門跡蔵
<昭憲皇太后ゆかりの品々>
  • II-62 浮線綾菱繋文袿 昭憲皇太后遺品 明治(19世紀) 大聖寺門跡蔵
  • II-65 桐鳳凰文花瓶 昭憲皇太后遺品 明治(19世紀) 曇華院門跡蔵
<皇族ゆかりの品々>
  • II-67 紫縮緬地雪持紅梅に寒菊・雀文様振袖 聰子内親王着用 大正(20世紀) 個人蔵
  • II-69 薄紅麻地柳に朝顔・雀・鶸文様振袖 聰子内親王着用 大正(20世紀) 個人蔵
  • II-71-1 扇子 昭憲皇太后より鍋島伊都子(梨本宮妃)に下賜 明治26年(1893)頃 学習院女子中・高等科蔵
<現代に受け継がれる皇室の習慣>
  • II-73 桐鳳凰蒔絵爪箱 宜仁親王(高松宮)所用 明治38年(1905)年 学習院大学史料館蔵
<明治天皇を支えた人々>
  • II-77-1 大久保利通 エドアルド・キヨッソーネ画 明治12年(1879) 第2回内国勧業博覧会出品 学習院大学史料館蔵
  • II-77-2 三条実美 エドアルド・キヨッソーネ画 明治14年(1881) 第2回内国勧業博覧会出品 学習院大学史料館蔵
  • II-77-3 木戸孝允 エドアルド・キヨッソーネ画 明治20年(1887) 第3回内国勧業博覧会出品 学習院大学史料館蔵
  • II-77-4 岩倉具視 エドアルド・キヨッソーネ画 明治20年(1887) 第3回内国勧業博覧会出品 学習院大学史料館蔵

第3章
鹿鳴館の時代と明治宮殿

外つ国のまじらひ広くなるままにおくれじと思ふことぞ添ひゆく

昭憲皇太后

 明治政府は、近代国家をめざし、鉄道や電信などの整備を行います。
 京都から東京へ遷った明治の宮廷も西欧風の生活を取り入れます。明治政府の政策に沿って、西欧儀礼にならい、外国使臣を招いた晩餐会なども多く催されました。
 接遇儀礼を象徴する建物として知られるのは鹿鳴館(ろくめいかん)、それに先立つ浜離宮の延遼館(えんりょうかん)、そして明治宮殿です。
 鹿鳴館は、明治16年(1883)、外務省によって計画され、ジョサイア・コンドルが設計した、レンガ造り2階建ての洋式の建物でした。
 明治21年、約5年を費やして明治宮殿が竣工しました。外観は伝統式和風の木造建築、室内は洋風の空間で、総建坪約42,000㎡に及ぶ壮麗な宮殿でした。
 宮殿内を彩った美しい調度品の数々とともに、華やかな明治期の宮廷文化が華ひらいたのです。
 この明治宮殿は、明治22年2月11日の大日本帝国憲法発布式を最初として、国政の中心の場として用いられます。
 延遼館、鹿鳴館、そして明治宮殿は、西欧の文物を受容し、そこにわが国が育んできた伝統的文化の優れた諸相を融合させ、新たな展開をみせる近代日本の象徴でもありました。

主な出品作品 *文中の作品番号は図録番号です。会場での展示番号とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。

<延遼館>
  • III-4 色絵金彩花鳥文エッグスタンド 幹山伝七作 明治6~22年(1873~89) 個人蔵
  • III-6 七宝草花文双耳花瓶 竹内重兵衛作/七宝会社製 明治4~10年代(1871~86) 霞会館蔵
  • III-9 色絵金彩花鳥文花瓶 6代錦光山宗兵衛作 明治17年(1884)以前 泉屋博古館分館蔵
<鹿鳴館>
  • III-10 鹿鳴館模型 霞会館蔵
  • III-11 鹿鳴館夜会招待状・メニュー 明治16年(1883)11月21日/明治19年(1886)12月3日 学習院大学史料館蔵
<明治宮殿>
  • III-14 花文蒔絵卓 明治宮殿家具会館蔵
  • III-23 桐唐草模様 紋織緞帳帯錦試織 謁見所(正殿) 2代川島甚兵衞 明治20年(1887)頃 川島織物セルコン織物文化館蔵
  • III-32 金華山鳳凰文様 紋織壁張試織 内謁見所(鳳凰之間) 2代川島甚兵衞 明治20年(1887)頃 川島織物セルコン織物文化館蔵
  • III-33 菊唐草模様菊御紋章入 紋織柱隠試織 謁見所(正殿) 2代川島甚兵衞 明治20年(1887)頃 川島織物セルコン織物文化館蔵
<明治宮殿の天井画>
  • III-40 明治宮殿 天井画下絵 後席之間(千種之間) 柴田是真筆 明治19年(1886)
<東宮御所>
  • III-41-5 机 東宮御所家具 明治37年(1904)頃 博物館明治村蔵
  • III-41-6 肘掛椅子 東宮御所家具 明治37年(1904)頃 博物館明治村蔵
<華やかなドレスの競演>
  • III-42 大礼服 昭憲皇太后着用 明治45年(1912) 共立女子大学蔵
  • III-43 中礼服 昭憲皇太后着用 明治(19世紀) 文化学園服飾博物館蔵
  • III-44 通常礼服 昭憲皇太后着用 明治(19世紀) 曇華院門跡蔵
  • III-45 中礼服 北白川宮妃房子着用 明治末期(20世紀) 霞会館蔵
  • III-48 大礼服 徳川慶勝着用 明治(19世紀) 徳川美術館蔵
<明治宮殿の饗宴>
  • III-49 明治宮殿大婚祝宴晩餐招待状 明治27年(1894)3月9日 学習院大学史料館蔵
  • III-50 鶴亀形ボンボニエール 明治27年3月9日 個人蔵
  • III-53 金彩桐御紋パルメット文チュリーン 明治宮殿正餐用食器 明治13年(1880)頃 個人蔵
<宮家の饗宴>
  • III-55 正餐用食器 有栖川宮家所用 明治20年(1887)頃 上野の森美術館保管
  • III-58 ワイングラス 松浦玉圃作 明治23年(1890)以降 個人蔵
<ボンボニエール 掌上の皇室文化>
  • III-61 ボンボニエール 明治22年~平成18年(1889~2006) 学習院大学史料館、個人蔵

第4章
明治宮廷を彩る技と美

工芸に関する御用品、下賜品、御贈与品等の御用を時々堪能の技術家に仰付けらるべき

矢野龍渓『帝室学芸寮設置意見』

 古くから皇室は、わが国の伝統文化の中心的な存在でしたが、近代の皇室も、江戸時代から続く美術・工芸の保護と育成に大きく貢献しました。
 このころ、欧化政策にともなう殖産産業の一環として、国内外の展覧会、博覧会が盛んに催され、明治天皇をはじめとする皇族の行幸啓や、宮内省による作品買い上げは作家たちに活躍の機会を与えました。
 また、宮中の儀式や住まいの装飾、慶事にともなう贈呈品などの調達というかたちで美術界を盛り立て、作家たちはその光栄に浴し、大いに励まされたのです。
 明治23年(1890)に始まる帝室技芸員(ていしつぎげいいん)制度は、皇室と日本の近代工芸との関係を強くし、明治33年のパリ万国博覧会においては、帝室技芸員に作品の制作が下命されることとなりました。
 帝室技芸員は、皇室のための美術品制作とともに、技芸に関する諮問に応じ、技量・人格ともに優れた人物が選ばれるとして、美術・工芸界の最高の栄誉と見なされたのです。

主な出品作品 *文中の作品番号は図録番号です。会場での展示番号とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。

<絵画>
  • IV-5 四季花鳥図屏風 柴田是真筆 江戸~明治(19世紀) 東京国立博物館蔵
  • IV-7 【重要文化財】白雲紅樹図 橋本雅邦筆 明治23年(1890) 第3回内国勧業博覧会出品 東京藝術大学蔵
  • IV-10 菊花激潬図 野口幽谷筆 明治19年(1886) 東京国立博物館蔵
  • IV-11 孔雀鸚鵡図 滝和亭筆 明治29年(1896) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
  • IV-27 湖畔 黒田清輝筆 明治30年(1897) 1900年パリ万国博覧会出品 東京国立博物館蔵
<彫刻>
  • IV-30 山霊訶護 高村光雲作 明治32年(1899) 1900年パリ万国博覧会出品 宮内庁蔵
  • IV-38 神鹿 竹内久一作 大正元年(1912) 東京国立博物館蔵
<陶磁>
  • IV-45 【重要文化財】葆光彩磁珍果文花瓶 板谷波山策 大正6年(1917) 泉屋博古館分館蔵
  • IV-52 菊花形藤花図壷 初代宮川香山作 明治39年(1906) 泉屋博古館分館蔵
<七宝>
  • IV-62 【重要文化財】富嶽図七宝額 濤川惣助作 明治26年(1893) 1893年シカゴ万国博覧会出品 東京国立博物館蔵
  • IV-64 月花図七宝皿 濤川惣助作 明治32年(1899) 安藤七宝店蔵
  • IV-72 菊御紋蝶松唐草文七宝花瓶 並河靖之作 明治初~中期(19世紀) 昭和天皇遺品 御寺 泉涌寺蔵
  • IV-75 百花文七宝大皿 初代林小伝治作 明治中期(19~20世紀) 名古屋市博物館蔵
<染織>
  • IV-84 刺繍孔雀図屏風 12代西村總左衛門作 明治後期(20世紀) 京都国立近代美術館蔵
<漆工>
  • IV-110 蒔絵八角菓子器 白山松哉作 明治44年(1911) MOA美術館蔵
  • IV-121 枝垂桜蒔絵手箱 戸嶌光孚作 大正(20世紀) 泉屋博古館分館蔵
<金工>
  • IV-129 太平楽置物 海野勝珉作 明治32年(1899) 1900年シカゴ万国博覧会出品 宮内庁三の丸尚蔵館
  • IV-143 明珍写昆虫自在置物 高瀬虎吉、田中唯吉作 大正~昭和(20世紀) 個人蔵

第5章
明治の終わりと大正の息吹き

夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました

夏目漱石『こころ』

 明治の皇室文化の中心に位置した明治天皇は、明治45年(1912)7月29日崩御、半世紀に及ぶ明治の時代は静かに幕を閉じます。元号は大正と改まり、8月27日「明治天皇」と諡(おくりな)がなされました。
 明治天皇の大喪(たいそう)は、9月13日午後11時から青山練兵場内の葬場殿で行われ、その日、陸軍大将で学習院長を兼任していた乃木希典(のぎ まれすけ)は夫人静子とともに自決しました。
 明治天皇を支えてきた皇后美子(はるこ)も、明治天皇の後を追うように大正3年(1914)崩御。
 明治天皇の遺言にもとづき、陵(みささぎ)は京都伏見桃山に造営され、二人揃って懐かしい京都の地に埋葬されました。
 明治天皇・昭憲皇太后の身の周りに置かれた美術工芸品は、親しい人々に遺愛の品として贈られ、その一部が現在まで伝えられています。

 大正4年11月10日、大正天皇の即位礼が京都御所紫宸殿で挙行されました。
 明治天皇の即位礼は京都御所内で行われ、参列した人々も限られていましたが、今回初めて広く公開された儀式に日本国中が熱狂し、人々は新しい時代の幕開けを肌で感じ取ることができたのです。
 この即位礼の形式はその後、昭和天皇に踏襲され、平成の即位礼にも大きく影響を与えした。

主な出品作品 *文中の作品番号は図録番号です。会場での展示番号とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。

<明治天皇・昭憲皇太后を偲ぶ品々>
  • V-1 藤花亀甲繋蒔絵重箱 明治天皇遺品 明治(19世紀) 個人蔵
  • V-2 雲立湧花鳥円文蒔絵掛硯 昭憲皇太后遺品 明治(19世紀) 個人蔵
  • V-3 桜雉栗猿蒔絵煙草入 明治天皇遺品 明治(19世紀) 個人蔵
<乃木希典 明治に生きた将>
  • V-16 菊御紋桐文様高彫銀鉢 平田重光作 明治天皇より乃木希典に下賜 明治42年(1909)下賜 学習院アーカイブズ蔵
  • V-21 乃木希典遺書 乃木希典書 大正元年(1912) 学習院大学史料館蔵
<御即位>
  • V-24 大正天皇即位礼図 原在寛筆 大正8年(1919) 個人蔵
  • V-26 挿華 大正天皇即位大饗 大正4年(1915) 個人蔵
  • V-27 挿華 昭和天皇即位大饗 昭和3年(1928) 個人蔵
  • V-28 挿華 今上天皇即位大饗 平成2年(1990) 個人蔵
  • V-31 釣燈籠形・威儀鉾形ボンボニエール 昭和天皇即位 昭和3年(1928) 学習院大学史料館蔵

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